魚のリリース方法の正解は?僕の優しさは贖罪

スポンサーリンク
超コラム

今回は釣った魚のリリース方法に関する記事です。

キャッチ&リリースをはじめてやったのは子供の頃。

当時ルアーフィッシングは第二次ブームの待った中であり「釣った魚はリリースすること」を当たり前のように学んだのが僕や、同じような世代のアングラーの方でしょう。

そんな皆様は釣りキチ三平よりもグランダー武蔵派が多いはず。

というわけで、スケルトンGを投げたら絶対水面が割れると思い込み投げ続けたものの、結局割れたのは石に当たったスケルトンだったαトラウトです。ギョロッチ。

失ったスケルトンGは悲しいですが、悪い記憶ばかりではありません。

あの当時、ルアーフィッシングの用語が色々と登場してきて、とにかくカッコよくて真似したのを思い出します。

ルアーフィッシングをやる釣り人のことを「アングラー」と呼んだのあの頃。カッコイイですよねアングラー。もう横文字の役職名が幼少期についているんですよ?テクニカルアドバイザーとかファインナンシャルプランナーみたいな二つ名が付いているようなもんですよ。ヤバすぎですよ。

だから僕なんて子供の頃は「いいか、僕は今日からアングラーなんだ!」と周囲に叫びまくってましたが、そもそもアングラーの意味が、釣りを趣味にしている人のことを指すとはしらずに、「ジムがアングラーって言ってからアングラー」ぐらいに思ってましたよ(ジムとはグランダー武蔵に登場するミラクルジム:村田基のこと)

で、もう一つアングラーと同じく好きだったのが「キャッチ&リリース」です。

語感もすごくいいし、なにより他の横文字釣り用語とは違って、自然を大切にするっていう気持ちがこもっていたから。ただ魚を取るのではなく、釣りをさせてもらっている気持ちになったのも、この言葉が思います。

だから、僕にとってのキャッチ&リリースは、魚に優しくすることと同意。

あの時はそれに何の疑いも持たずに釣りをしていた、本当に釣りが好きな少年アングラーでした。

しかし残念ながら、今ではもう、ただ純粋に釣りをできるようなキラキラした目をしているわけではありません。

スポンサーリンク

新たな渓流でリリース方法について考える

キャッチ&リリースについて疑いを持ちはじめたのは何時からなのか?

考えてみましたが、それは丁度、渓流でのルアーフィッシングをはじめてからです。

昔はなんの疑いも持たなかったし、ロックをやっている時もそう。

なのに渓流で山を歩き、川に足をつけるようになってからというもの、どこかで何かが狂ったような気がしますが、それは僕のせいだけではないです。

コメント

  1. ヴェリテ より:

    初めまして。手遅れなんてことは無いですよ。私は現在54歳ですが、24年続けてきたフライフィッシングを4年前に完全に引退してしまいまいました。理由はあなた様が書かれていることとほぼ同じです。何時の頃からか、食べる予定の無い魚を針にかけている事への葛藤が常に付きまとい、川から脚が遠のいていました。私は釣り道具を作っています。アマチュアでは有りません。お店で受注会もしますので本当は釣りにいかなくてはいけない立場なのですが、この様な心境の変化は誰にも言わず隠しています。釣りをせざるを得ない人の心情は本当に良くわかります。『釣りに行かなければ、毎年新しい道具を何かしら買わなければ、釣具屋さんに行かなければ心のバランスを維持できない。実生活で空いた心の穴を(欲?)を満たすことが出来ない』大体異口同音にお客様もそう仰います。なので人様にこの考えをわざわざお話しすることはありません。葛藤と快楽を繰り返すことはあまり幸福を近づけないかもしれません。痛みに鎮痛剤。イライラにお酒やタバコ。どれも同じ次元かもしれません。多分今の私はお金が無くとも満たされているのかもしれません。だから釣りに行かなくても良くなった。気休めになるかどうか分かりませんが、あなた様にも何時かそんな時が来るかもしれません。

    • αトラウト より:

      本当に釣りっていうのは、なんとも業の深い趣味だと思います。
      僕もいずれそうなれればいいんですが・・・釣りをしていると、時々こういうことを考えてしまいます。
      なんというか、釣りという趣味を誇ることはできませんが、釣りに救われているのも事実ですが、良い趣味だとは消して思っていません。いずれ釣りにいかずともすむようになれば幸せになれる気がしていますが、不幸なうちは、まだ釣りから離れられない気がしています。