令和って訳わからないけど僕の平成釣り歴史を簡単にまとめてみる

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「令和です」

と菅官房長官が手にもった文字を見たのですが、一瞬目を疑いましたね。

あれ、僕の名前と一文字違いじゃん?

やばいやばい僕の年が来ちゃったんじゃないの

これもうヤバいんじゃないの?

このままじゃ一瞬で天下の渓流アングラーとして名を轟かせ、世界中の渓流を又に掛け、トラウトというトラウトを釣り、あまつさえ渓流でクジラ釣っちゃうじゃないの?

そんな妄想をしていましたが、よく考えたら僕の名前の一切被らないどころか5億光年は離れていたαトラウトです。銀河ごと違う。

そう、令和という名前と僕の名前は銀河レベルで違いがあるし、そもそも万葉集から取ってきたという名前の割にはあまりにクールすぎやしない?もっとエモい文字なかった?

こうなると昭和生まれ、平成育ちのオッサンは、人生で3つの元号を通過することになるわけで、そりゃ令和にはそれなりにクールに接してしまう。

ただ、どんな年だろうが、前の年よりマトもだろうと甘い期待を持つのは僕も一緒だし、まだ天皇陛下がご存命中での発表だったから色々言えるし、そりゃマトモなんですよ。

そんな僕にとって、平成とは一体なんだったのか?

そう考えると、やはり色々思い出しますね。

釣りを抜きにした部分で、僕にとっての平成は「インターネット」の時代にほかならず、2ちゃんで「ぬるぽ」で「ガッ」が通じたあの頃。

フラッシュ全盛期。吉野家、ぺり―来航、ぎふ。

そして田代砲によるネット上の巨大なパワーを感じる祭りを体験した一人。

そのごふたばチャンネルで豊島園開催。ニコニコ動画でアニキと淫夢で黒塗りベンツが今もネット上で追突事故を起こし続けていますが、インスタグラムにツイッター、そしてユーチューブ全盛期に入り、もはやネットはオタクの隠れ家ではなく、人類皆の公共の場となってしまった時代に「インターネットはもうオワコン」位の感想は覚えてしまっています。

しかし、オワコンになったインターネットは、オタクの時代の終焉を意味するだけ。

これから先、ネットはさらに人々の生活を支える、いや、支配する時代へと突入するはずです。

そんなネットから、ある意味では正反対ともいえる原始的な「釣り」という遊びについての記録をネットに残すこととなったのも、やはり平成がうんだクソな習慣というべきなのか。

そんなこと言ってると「ぬるぽ」とか書かれそうなので、先に「ガッ」と書いておきますが、いや、もうこんなネタが通じる世代が見ているかわからない。

ともかく、そんな僕のネットライフではなく、あくまで釣りにおける平成の歴史について最後に記録しておこうと思います。

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90年代初頭のヘラとコイ

僕が釣りをはじめたのは90年代のはじめ。

このころ、僕はまだ小学生でしたが、僕が住む田舎では釣りがかなり大流行りしていました。

休日の遊びといえば野球よりも釣り。

というか、そもそも野球をやろうがまともに球が投げれず、サッカーをやっても転んでばかりの球技音痴の僕にとって、チームプレイ系の遊びはろくなものじゃなかった。

むしろゲームのほうが好きだし、家にパソコンがやってきてからというもの、ひがなFMVとISDNをいじりまわし、ネットの世界とその仕組みを知ることのほうが楽しかった。

しかし、そんな僕が唯一仲間とやった遊びが釣りです。

釣りを教えてくれたのは当時の担任で、確か授業の一環で近所の野池にヘラを釣りにいったのが始まりだったはず。

そこでクラスの男子達と一緒にやった釣りが楽しかったことから、土日にはクラスメートと釣りに行くことが増えました。

ヘラのいる池にはたいてい鯉もいて、こちらも釣ってましたね。

大物釣りはたいてい鯉相手で、仕掛けはブッコミ。

で、これが実は一番好きな釣りだったし、一人で釣りに行くときはたいてい鯉でした。

90年代中頃から2000年初頭までのブラックバスムーブメント

それから1995年頃、一体何が原因だったか定かではないものの、突然ルアーフィッシングを始めることになったんです。

このころはグランダー武蔵とかあったけど、そもそも家は漫画買ってもらえない家庭だったんで、雑誌で読んだのは友達の家でのこと。

おそらく、誰かがルアーフィッシングをはじめて、そこで「ブラックバスなる生物がいる」と知り、ルアーを投げるようになったはず。

テレビでは村田基が人気絶頂のころで、バス釣りゲームも人気になり、近所の小さい釣り具屋には、ところせましたバス用のルアーが山ほど置かれていましたね。

僕が初めてブラックバスを釣ったのは、確か餌釣りでのこと。

当時はヤンキーがやたら野池にバス釣りに出没していた頃で、そこでなんかリールにロッドでミミズをたらしているパイセン的な人に「何釣れるんですか?」と聞いてみたら「ブラックバス」とか言い出して、煙草をすって笑ってましたね。

まぁ釣り方なんか皆わけがわかってなかった。特に田舎は。

情報はほぼ雑誌と週に一回やるテレビ。

けれど僕にはネットもあったおかげで、まだ出来て間もないバス釣り系の掲示板を見ては情報収集にいそしんでいました。

この頃、キッズのバスフィッシングといえば、ゲーリーヤマモトのワームをひたすら投げることに終始していたもずいぶん懐かしいですね。

とにかく場荒れしまくった小さな野池にいるバスを釣るためいろんなリグが流行してたんですが、ダウンショットでマス針を使うツネキチリグなんかの衝撃は凄かった。

けどワームの釣りはワーム消費量との闘いでもあり、僕なんか不人気で安売りされてるリザード系のワームを分解して使いまわしてましたしね。

その他、当時はグラブやカーリーテールを切って使う(イモとか)なんかもあったんで、そのあたりに落ちてるワームのシッポを見つけてはフックにセットする涙ぐましい努力もやってましたよ。

トップウォーターとの出会い

しかし、そこで「トップウォーター」という非常にカッコイイ釣りに出会ってしまいました。

おそらく当時のバスフィッシングでは道楽として頂点に君臨していたあのスタイルは、誰もがあこがれた。

しかもメガバスから超人気ルアーのPOP-X DOG-Xなどのトップウォターが発売されたのもデカかった。

そして2番人気だったものの、トップとしてデカイのが出ると噂だったラッキークラフトのサミーという超人気ルアーをゲットした僕は、ひたすらトップの釣りにはまるようになります。

一方、それらリアル系トップウォータープラグの他にヘドンとズイールというアメリカンスタイルのプラグも存在していました。

なかでもヘドンは、当時から値段が安かったし、あの頃はアメリカンルアーに興味をしめすキッズが少なかった。けど僕はアメリカンルアーのシンプルな見た目や、アメリカ=ハリウッド映画の場所という憧れからとても好きなルアーだった。

特にトーピードやザラといったプラグは値段も安く、値引きすらあったし、ザラ以外に買えた唯一のトップだから僕にとってはまさに正義だったし、トーピードにはずいぶんとお世話になりました。

そして忘れてはいけないズイール。

ズイールのルアーはいつもショーケースの中にいたし、すごい大人の世界だなと思っていた。これは憧れというより、別の世界に見えたし、まるで遠い世界からやってきたルアーでした。

村田基とグランダー武蔵

平成の釣りを語る上で、村田基とグランダー武蔵は絶対に外せない存在。

というか、そもそも村田基は平成という釣りの世界では常にトップをひた走っていた存在だし、そんな村田基が出ていたグランダー武蔵はキッズ達には大人気でしたね。

村田基はアンチも多いし、今ではネタ提供おじさんと化してますが、それでもやはりレジェンドというか。むしろあのキャラ確率してからよけい目が離せない存在ですね。いつ何を言い出すのかわからないスリリングな感じとか。

僕にとっての村田基は、ルアーの操作やら釣り方やら、もう大半のことを教えてもらったような存在ですし、ビデオも何回も見ましたね。

現実逃避としての釣り

世間ではエヴァンゲリオンが流行し、映画の世界じゃこの世は仮想現実かもしれないとSF映画が人々を思考実験で脅しまくってた頃。

僕もやはりというか、平成初期の鬱屈とした世界で、バリバリのネットオタクで、映画やアニメだけが癒しに近かった僕にとっては、やはりあの頃の陰鬱とした世間の空気は平成という時代の全てだった気がします。

2000年問題がスルーされ、ノストラダムスの予言が外れたことに安堵した大人たちは、続いて世間を蝕みはじめた経済の悪化という現実を見るようになり、結果、僕らが目にするものも次第に陰鬱になっていきました。

何もかもが空虚でむなしく、やがて終わりがくるものであり、全ての物事が悲観的に映る風景。

レインや灰羽連盟、そしてぼくらの的な世界の延長線は、全て平成初頭に見ていた風景そのものだったし、気が付いたやつらはこぞって完全自殺マニュアルを買ってましたね。

そんな世界はあまりに嫌すぎるし、自分の書いているコードの繰り返しが人間を作っている最低の気分がマトリックスのせいで蔓延。

見ているものが全て嘘のような気分というか、嘘だと思いたくなるような感情。

バブル崩壊後の日本の典型的なオタクキッズは、みんなこんな陰鬱な気持ちを抱えていたと思いますね。

二次元の女の子にそりゃ入れ込むし、トキメモからToheart、Key作品におぼれてたギャルゲ中毒の友人は、こぞって「二次元のほうがマシ」と言っていたけど、それは現実の女の子が嫌いになったわけじゃないんです。

ようは、理想や夢なんて言葉があまりにチープな空気が蔓延していたせいで、男にとっての夢や理想の塊みたいな女の子は、もはや二次元にしか居なくなったからでしょう。

また、2ちゃんで昔流行した「ぬるぽ」って言葉があったけど、まさにぬるぽな世界だった。

世界中のあらゆるエラーが露呈し、だれもがあると思っていたデータがNULLというクソコードのせいで一切現れなくなった。誰もがガッと殴ってたけど、スレにいくら書こうが面白いだけで、現実は何一つ変わらない。

そんな世界で小学校、中学校と過ごしていた僕は基本的に学校があまりに嫌いだった。バトルロワイヤルがバカみたいに売れたころ、普段本もよまない連中に貸してくれとせがまれた時に一時的に好感を持ったけど、それが最後。基本的には趣味もクソも合わない地獄が僕にとっての学校でしたね。

その結果、やはりネットの世界ばかりに浸るわけですが、現実世界にあった唯一の逃げ場がやはり釣りだったわけで。

なんせ田舎は逃げられる場所が少ないんですよ。

家にずっと居ると親に怒られるし、かといって友達の家なんか行きたくもない。どこに逃げようが、なにかしら話しかけられる。

でも、釣り場はいつも静かだったし、いるのは釣り人だけだったし、昼間に学校にいかずに釣りにいっても、世捨て人のおっさんは気にもしないし、自然は文句なんか言ってこない。

この頃、ルアーフィッシングもしていたけれど、本当に気分が最低の時にはよく鯉のブッコミ釣りをしていましたね。

ブッコミ釣りというと豪快なイメージですが、そのやりかたはあまりにシンプル。

ラインの先に吸い込み仕掛けを付け、そこに練り餌の団子をつけ、そのまま遠投。あとは池のほとりで竿の鈴がなるのを待つだけ。

僕がやってきた釣りの中ではトップクラスでシンプルな釣りなんですが、これが凄く好きだった。

学校にも行きたくないし、親とも喧嘩して、もうルアーフィッシングをやるような気力が無いときはいつもこれ。

それで池の端で座って、鈴がなるまでずっと本を読むんですよ。

読んでたのはミステリかラノベ、あの頃は本格派が凄かったし、頭を使えば嫌なことを考えずに済むから、ミステリに限らず考えることが好きな子供だった。

ラノベはブギーポップが一番好きだったし、あれこそ平成のラノベだと思うけど、やっぱあとスレイヤーズとか、魔術師オーフェンとかも最高。

そんな本を読んでるうちに、鈴がなる。

その鈴はリアルを告げるものじゃない

なんていうか、冒険のはじまりみたいな。

剣はロッドだったし、魔法は練り餌だったけど、池の中の怪物みたいな鯉と戦うことになる。

もちろんただの魚だったし、結局はリリースする。

けど、それが僕にとって最も快適な異世界だったかも。

ロックフィッシュにはまる

バスフィッシングムーブメントから離れたのは東京へと進学したせい。

それ以降、そもそも人生があまりに忙しくなり、釣りをする余裕がまるで無くなったのですが、札幌に住み始めてからというもの、石狩新港の港に毎夜通うこととなります。

夜の釣りもそんなことやったことなかったけど、これが都心部の釣りって感じでしたね。

昼間はクソな仕事にクソな光景を見て、夜は静かな海で、ただ波の音をききながらロッドを握る。

まさに人間の逃げ場となっていた石狩新港は釣り人だけじゃなく、いかがわしいカップルだとか、ゼロヨンやドリフトの連中なんかもいたし、都会からつまみだされ来たみたいな奴らが一杯いたのを覚えてます。

それ以外の逃げ方といえば、やっぱりニコニコ動画かな?

2ちゃんが衰退し、僕はふたば民と化して豊島園の開催に毎週尽力していたけれど、動画によってオタ作品をあげる人間が沢山でてきて、それにすぐに夢中になったわけで。

ビリー兄貴、野獣先輩、陰陽師、他にもいろいろあったけど、あの時のMADやMMDの流れに浸った僕としては、やはり忘れらないネットの一時代だった。

けれど、やはりずっと家に要ることはできなかったし、仕事とニコ動の繰り返しはさすがに精神的に病む。

ということで毎週末、夜は必ずと言って良いほど車を走らせて港に向かってましたね

僕が主に釣っていたのはクロソイで、使ったのはワームがメイン。

エコギア系が大半で、ジグヘットでテクトロしながら狙うっていうのがいつものお決まり。

あと、海の投げ釣りね。

投げ釣りはいいね、本当に、こうボケーとしながら釣りできるからね。

アングラーの中には「釣りしていると暇じゃない?」って言われるのが嫌な人もいるらしいけどね、何にも考えたくないから釣りしてんの、こっちは疲れてんの人生に。もうぜんぜん暇なほうがいいからね、むしろ何言ってんのて感じだしね。

当時から僕は昔からの持病である精神的な疾患がひどくなっていたし、薬を飲まないと寝れないような状態だったわけで。

とにかく逃げ出したい。そのための釣りだったし、ういう釣りをしてたのは子供の頃から変わらないか。

てな感じで夜の港でボケーっと竿先をみながら、たまに来るキタキツネをシッシしつつ音楽とかずっと聴いてましたね。あの頃はもう毎日疲れてるしか考え無かった。

渓流ルアーフィッシングをはじめる

というわけで都会の生活に疲れ切り、あれよあれよというまに田舎に到着した僕。

北海道は道北の片田舎でひび鬱屈とした生活を送っているのは相も変わらず、何をするにもPCの前に座っているのも相も変わらず、永遠と何も変わらず人生のループから抜け出せてはいない気がする。

けど変わったのは渓流ルアーフィッシングを始めたこと。

ていうか、まだ釣りやってるのかと今さらながらツッコミたくなったけど、結局僕にとって釣りは時代も関係なくやり続けるものらしい。

平成も終わりかけの頃にはじめた渓流でのルアーフィッシングは、僕にとってはまさしく異世界。

野山の中に入り、普通ならぜったい人間が立ち入らないような場所で、川を上りながら釣りをするんだから、今までの釣りとはまるで勝手が違う。

けど、なんか自分には一番合っている気がしたというか。

僕にとって、現実逃避こそが釣りに求め続けてきたものだし、そのあたりはTwitterやInstagram的なアングラーとは大きく違うところだと思ってるし、実際苦手だったりする。まるで中学校みたいに見えているのかも

そのあたりは渓流は、TwitterからもInstagramからも逃げられる。ていうか、最も人間世界から遠い場所に行ける気がした。

なんせ、ここはネットすら繋がらない。

人もいない、いるのはキツネかクマか狸、それかアライグマ。

本当にだれもいないし、時々人間と出会うけれど、その時の気分はリアルとは全然違う。しまむらで安いパンツを探してた時に、偶然知り合にあうのとは違う。人間が居なくなったポストアポカリプスの世界で、ようやく人に出会ったような気分になる。

ただ、それはヨコハマ買い出し紀行的な世界の良い人間かもしれないし、マッドマックスとかフォールアウト的な世界のモヒカン野郎かもしれない。

だからまぁ、たいてい僕からは話しかけないし、逃げるように川を出るんだけれども、それでも知らない人間に話しかけようって思う気分になれるというのは僕にとって驚き。

それくらいの場所だから、僕はずっと釣りをするだろうし、嫌なことがあればあるほど釣りに行く。人が入らないような、それでも近所にあるような、路地裏の異世界にずっと夢中かもしれない。

平成はそろそろ終わり新な時代へ

さて、こうして平成も終わろうとしている今、あらたな元年となって気分新たに生きていきたいわけですが、まぁ無駄な努力とおわり、どうしようもない人生の逃げ道として釣りをして、最後はくだらなく人生を終える未来予想図はまるで変りませんね。

どうしようもない事ばかりがある人生、誰もがどこかへ逃げなければ生きてはいけないわけで、僕よりもずっと釣りが必要な人間はきっといるし、それはさっき見かけたアングラーかもしれないし、暴言を吐いてきた餌師のじじいかもしれない。けれど間違いないと思ってるは、釣り人はみんな現実じゃ満たされてないって事。

平成のはじめ、一歩間違えれば、だれだってホームレスだって言われてた時代を生きてたけど、残念ながら地域格差や貧困そうの拡大は今だって止まっていない。僕以上の若い貧困層は当たり前にいて、みんなTwitterで愚痴るしか無くなったけど、昔みたいにネットはもはや良い逃げ場とはいえない。それは冒頭に書いた通りで、ここにはマットウな意見をいうやつがあまりにでかい顔をしてるから。

地域格差だってひどいけど、基本的にみんな苦し紛れな気がするし、今だって理想や夢はどうしようもなく空虚で、ベンチャー企業のバカが社員とツイスターしながら語る話は、大抵ただの人気取りかカッコ付けだ。

だから今も僕が見る世間は、みんな貧しい。

どいつもみんな良い身なりしようが、中身はスラムの子供みたいだ。

それは場所があまり関係ないみたいで、パパ活女子がヤクザにシャブ漬けで殺されたすすきのからはるか遠い道北の田舎だって、パチカスの生保が今日もパチ屋に並んで、バカ親がDVや虐待をしてる。

それに、この町の警察署のトイレには「トイレットペーパーを盗まないでください」の張り紙がある。マジで笑える。まじで盗むなよ。

それにしても、これからどうなってしまうのか。

今だって平成の暗鬱とした世界は続いてるし、もっとひどくなるかもしれないし、ツタヤだって僕がネットフィリックスを見すぎるせいで無くなってしまうかもしれないけど。

釣りをしてれば、なんとかなるし、なるようになるかもしれないし、いや、基本的に何にもならない。だから釣りをしていくのかもしれないですね。

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