釣り小説「最悪の日」

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釣り小説

今日は最悪な日だった。

といったら、なんか思いついたんだけど。僕はいつも最悪な話ばかりしている気がする。いつも人に言いたくなるのは、幸せだったり、嬉しかったり、楽しかったりすることじゃない。というか、そんなものあったのか?って位、口を開こうとしたら思い出すのは5分前以前はずっと戦争の中にいたかのような気分で、平和なんて一度も無かったみたいに。

けれど記憶の中の戦争はいつもネットの向こう側で、本当にクソな事体に陥ったことは無いともいえる。香港のデモで催涙ガスを浴びせられたりもしてない。イラクでIDEで車を吹っ飛ばされたわけでもない。自爆テロの攻撃にあったわけでもないし、世界中のあらゆる紛争地帯と僕は無関係だ。

なのに、今自分は世界一不幸な男の気分でいる。

もし本当に今の状態を世界の不幸ランキングで測るとしたら幾つになるか考えてみたいが、どう考えたって半分以下にはならない。なんせ、この地球では現在77億人の人が暮らしているのである。そのうえ戦争にも巻き込まれてない僕が、ワースト77億になるかといわれれば、まぁ絶対にない。

もしそうならどうなるだろうか?例えば、ある日突然、あらゆる法律が適応されない日ができてしまい、「パージ開始です」とか意味不明の合図で殺し合いがはじまる。まじでイカレてるとTwitterで嘆いたら、「それは差別的な発言です、あなただけが酷いわけじゃない」なんてクソリプを飛ばしてきた相手と口論になりブロック、逆恨みした奴がブチギレ、親がコロサ、兄弟みんなが殺されて家が放火で全焼して、唯一残った任天堂スイッチとポケモンシールドとどうぶつの森を近所のキッズが火の海の中でパプリカをうたいながら踏みつぶした上、その残骸を酔っ払いみたいな歩き方の米津玄氏が踏みつぶしたら、いきなり爆死。彼を死に追いやったグレネードランチャーを持つ通りがかりのヒカキンが僕の目の前で「ハローユーチューブ!」と叫びながら僕目がけてグレネードを撃とうするのを、シバターが救おうとするが、結局セイキンが笑いながらイイネボタンそっくりの核爆弾のスイッチを押して僕が死ぬ。いや、ここまでくると僕以外も。

けど、それくらいしなきゃワーストは無理だし、それでもいけるかどうかってレベルだ。なんせ、下には下がいるのが世の常。

映画とアニメゲームとYouTubeとTwitterでしか養われていない僕の想像力。俗物で作られた僕の脳みそじゃコレが限界だ。

だからまぁ、実際大して今の自分は不幸じゃない。

そうだとも、もうやめよう、下らないゴチャ混ぜの妄想もだ。今日は最悪の日だったなんてありふれた書きだしで、此処でうっぷんを晴らすなんてバカげてる。

ああ、どうせ誰かに聞いてもらいたいだけだし、最悪ってのは盛り過ぎ。

それに、毎回最悪なんて言ってたら、何が最悪かわからなくなる。冷静になろう。できるだけでいい。

だから冷静に考えてみて、今日の僕は最悪じゃなかった。

そういえば、朝目覚めた時はそうでも無かった。ああ、そうだ。今朝は目覚ましピッタリにめざめて、いつもよりはやおきをした。睡眠は久しぶりに快調だったし、歯もしっかり磨いたし、会社からもらった雇用保険の用紙もばっちり準備していた。

たしかに仕事はクビになった。

2020年の始めから始まったウィルス騒動のせいで僕は仕事を失った。

それでも最悪じゃないってのは、これが僕だけじゃないからだ。

経済が停滞し、誰もが怯えて金を使わなければ、僕みたいなやつはゴロゴロとで出ている。偉い人が僕らに命じるのは、手をあらい、うがいをして、ステイホーム。まるで利口な犬みたいに、給付金という餌を出すまでずっと待てを命じられている。それだけだ。

そして飢え死にを待つか、ウィルスに怯えながら金をかせぐか──いや、自粛警察に怯えながらの間違いか。

今じゃ世の中、子供の頃に読んだ1984見たいに、思想もクソもありゃしない。これじゃ、まるで思想警察(シンクポル)みたいだ。

いや、奴らと同じってわけじゃない。ただ、似てるのは奴らから出てくる恐怖の匂いだ。恐怖の連鎖における増幅装置。恐怖の塊。だから結局、自粛警察ってやつは誰よりも怖がっている。そう思うと、鏡の中の自分が少し笑っていることに気がついた。

それからスマホを開いてTwitterをみれば、タイムラインは怒りの時間で溢れていた。小説じゃ朝の5分間、市民は仮想敵国に向かって怒りを吐き出す時間が設けられていた。そのほうが、貧しい人間は政府に敵対しないのだそうだが、今じゃ架空の他人に向かって怒りを吐き出すようになっている。なるほど。ほおっておいても、人は政府とは敵対なんかしないし、もっと手軽な方法で今の生活と精神を守れるってわけだ。

ビッグブラザーなんていなくて、出来損ないの思考警察と、中途半端に支配された人間だけがいる世界。資本が崩れ、誰ともなくはじめた全体主義めいたい空気。スマホを閉じ、見上げた天井の暗闇。けれど、それが僕にはどこか懐かしい。

どうしてなのか?

考えてみたが、それはよくわからない

暗く、生きた人間は誰もいない場所。あと少しでジョージオーウェルが描いたようなディストピアにたどり着くとして。今より最低な世界が待っているとして。なぜ懐かしい?どうしてそこを知っている?

それはありえない。

ありえるわけがない。

なんせ、僕よりも最低なやつらなんて山ほどいる。僕は最低なんかじゃない。

そう言い聞かせて朝の準備を終えたあと、昨晩塩素スプレーをしたマスクを付けて家を出た。帰ったら、もう一度あの小説を読んでみたくなった。

向かったのは近所のセブンイレブン。

マスクから鼻をつく塩素の匂いに慣れはじめたころ、入店してまっすぐパンコーナーに向かい、コーンマヨパンをカゴに入れる。これはマジで美味い。おまけにジョージアの微糖をホットで買ってレジに行き、ビニールカーテン越しに見えるオッサンにレンジで温めるようにお願いする。

顔面の歪んだオッサンは返事をするが、付けているマスクとビニールカーテン越しのせいで何を言ってるか聞こえない。

おっさんはコーンパンを温めて、異世界の向こうから僕に渡したが、ビニールカーテンに近づいたマスクが茶色く汚れていた。きっと僕のもそうだろうが、今じゃ気にしても仕方がなかった。

で、車の中でパンを食いながらコーヒーを飲み、明方の薄暗い道を走る。

ながら運転なんて言わないでくれ。あれはスマホだけの話だし、コーンマヨパンじゃ好きなアーティストの新譜も聞けやしない。流れた音楽誰も居ない道路。時速60キロ。ズレた時間。向かう山の向こうから朝日が昇りはじめて、サングラスをかけた。

到着したのは20分後。
着いたのは山間の渓流。

北海道は北、けれども最北端じゃないこの田舎。

誰もが通り過ぎる峠道に車を止め、外に出ると、今年も冬が過ぎ去り、春がやってくる実感がわく。
車からタックル一式を取り出し、ロッドからラインを引き出して、ルアーを付ける。

装着したのはシンキングミノー。
ラパラのCD5、カラーはやっぱりオレンジのGRF。
久しぶりの釣りで間抜け面したラパラを使おうってのはずっと思ってたけど、もうラインに結べるだけで嬉しくて仕方がない。冬の間、ずっとこいつを眺めて過ごして来たのだから。

それからウェーダーをはき、4ftのロッドをかついで森の中に入る。
斜面をくだっていくと、次第に川の音が大きくなってくる。凍ってはいない。やっぱりもう解けてる。

そういえばウィルスで世間は自粛ムード一色だった。僕もウィルスや世間体を気にして大きな町には行かなくなっていたが、釣りだけは別だった。

なんせ山の中、しかも近所の渓流で、いったい誰から感染するっていうんだ?ばかばばかしい。しかもこっちは無職で金がない上、1週間VODを見続けるだけの生活をしていたんだ。ゾンビランドも、アイ・ゾンビの新シーズンも、何度も見たカウボーイビバップも、装甲騎兵ボトムズも、何もかも見飽きた末の渓流だ。この僕を誰が止められるんだ?どうせ死んだって誰にも迷惑をかけないこの僕を。ウィルスも自粛警察にも止めようがない位釣りがしたいこの僕を。

そこで、川沿いに誰かが居ることに気が付いた。


黒っぽい服を着た男。座り込んで何かをしている。
春の陽気に誘われて、先にだれか釣りに来たのだろうか?
まぁいいや、どうせあの一人だけ。

しばらく人と話をしていなかったから、口がしゃべり方を覚えているか不安だった。

とりあえず挨拶をして、あっちが上にいくなら、こっちは下に行こうって具合に近づいて、おはようございます、釣れてますか?っていう釣り人の定型文を脳内でコピペして口元にペースト。あとは舌先でエンターキーを押す。それだけだ。

けれど、釣り人じゃなかった。

木立の間で雪に足を埋もれさせながら近づき、あと数メートルというところで気が付いたのだが、来てる服がみょうにゴワゴワとしていると思った。それから丸まった背中の向こう側から頭が見えたが、そこもにもびっしりと毛があった。

けれど、まだ希望はあった。
ただでさえ自粛ですり減った僕が、朝も早起きして、良い朝食と、いい音楽と、いいフインキでたどり着いた久々の渓流ルアーフィッシング。

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