渓流釣りは楽しいです。
朝の冷たい空気、川の音、木漏れ日、ルアーを追ってくる魚の影。あの瞬間のために、眠い目をこすって山へ向かう釣り人も多いと思います。
しかし、渓流釣りには忘れてはいけない危険があります。
それが熊です。
特に北海道の渓流では、ヒグマの存在を無視して釣りをすることはできません。こちらが釣り場だと思っている場所は、熊にとっては生活圏です。人間が遊びに行っているのではなく、熊の庭にこちらからお邪魔している。まずはその感覚を持つことが大切です。
そこで今回は、渓流釣りで熊に遭わないために、釣り人が最低限やっておきたい対策について書いていきます。
怖がりすぎて渓流に行けなくなる必要はありませんが、やはり熊を舐めてはいけません。
魚が釣れないより、熊に遭うほうがはるかに問題です。釣果ゼロは笑い話になりますが、熊対策ゼロは笑えませんからね。
渓流釣りは熊の生活圏に入る遊び
渓流釣りは、自然の中に入る遊びです。
きれいな川、静かな森、人の少ない沢。釣り人にとって魅力的な場所ですが、そんな場所ほど熊にとっても歩きやすく、餌を探しやすい場所であることがあります。
熊は山菜や木の実、昆虫、動物の死骸など、さまざまなものを食べながら移動します。その過程で、渓流域に出てきて水を飲んだり、川沿いを歩いたりすることもあります。
また、川沿いは動物の通り道になっていることも多く、熊が川に沿って移動しながら、餌を求めて里の近くまで出てくることもあります。
つまり、渓流釣りをしている時点で、熊と同じフィールドに立っているということです。そこは人間だけの釣り場ではなく、熊の通り道になっている可能性もあると考えたほうがいいでしょう。
渓流は管理された遊び場ではありません。人間の都合で安全が保証されている場所ではなく、野生動物が普通に生きている場所です。もともとそこは、熊の生活圏であると考えてもいいと思います。
この意識があるだけでも、釣りにおける行動はかなり変わります。
なんとなく川に入らない。
なんとなく奥まで進まない。
なんとなく藪を突っ切らない。
この「なんとなく」を減らすことが、熊対策の第一歩だと思います。
入渓前に熊の出没情報を確認する
渓流に入る前に、まず確認したいのが熊の出没情報です。
自治体のホームページ、警察や役場の情報、釣り場周辺の看板、地元ニュース、SNSなどで、直近の熊の目撃情報が出ていないか確認しておきましょう。
特に北海道では、毎年のように熊の出没情報が出ます。山の中だけでなく、川沿い、林道、農地、住宅地周辺でも目撃されることがあります。
「去年は大丈夫だったから今年も大丈夫」とは限りません。
熊の行動範囲は広く、季節や餌の状況によって出没場所も変わります。春、夏、秋で注意すべき場所も変わるため、釣行前の確認はかなり重要です。
出没情報がある場所へ、無理に入る必要はありません。
釣り人はつい「少し離れているから大丈夫」「人が入っている川だから大丈夫」と考えがちですが、その油断が危ないです。
熊が出ているなら、別の川へ行く。もしくは、その日は釣りに行かないようにするのも大事です。
魚は別の日にも釣れます。命は替えがききません。
熊鈴だけで安心してはいけない
熊対策と聞いて、まず思い浮かぶのが熊鈴だと思います。
熊鈴は、自分の存在を熊に知らせるための道具です。人間がいることを熊に先に気づいてもらい、接近や鉢合わせを避けることが目的です。
ただし、熊鈴をつけているから絶対に安全、というわけではありません。
渓流では川の音が大きく、鈴の音がかき消されることがあります。増水している川、落ち込みの多い川、風の強い日などは、思っている以上に鈴の音が周囲に届いていないこともあります。
また、地形によっては音が遮られます。
カーブの先、藪の奥、沢の合流点などでは、こちらの存在に熊が気づく前に接近してしまう可能性もあります。
なので、熊鈴だけに頼るのは危険です。できればホイッスルなども持ち歩き、見通しの悪い場所では声を出したり、定期的に音を鳴らしたりして、こちらの存在を知らせるようにしましょう。
道具を持つだけで安心するのではなく、道具をどう使うかまで考えることが大切です。
川の音で周囲の気配に気づきにくい
渓流釣りで怖いのは、川の音です。
釣りをしていると、常に水の音が聞こえています。これは気持ちのいい音でもありますが、同時に周囲の物音を消してしまう音でもあります。
熊が近くにいても、足音や枝を踏む音に気づけないことがあります。
こちらの音も熊に届きにくくなります。
つまり、渓流ではお互いに気づくのが遅れる可能性があります。
熊との事故で特に怖いのは、突然の鉢合わせです。熊が人間を避けようとしていたとしても、至近距離で急に出会えば、熊も驚きます。驚いた熊が防衛的に攻撃してくることもあります。
だからこそ、見通しの悪い場所や水音の大きい場所では、こちらの存在をしっかり知らせる必要があります。
曲がり角の先に入る前には声を出す。沢の合流点や藪の近くでは、いったん立ち止まって周囲を確認する。状況によっては、ホイッスルなどで大きな音を出す。
こうした行動を意識して、熊との突然の鉢合わせを避けることが大切です。
単独釣行はリスクが高くなる
渓流釣りは一人で行きたくなる遊びです。
誰にも気を使わず、自分のペースで釣り上がる。好きなポイントで粘る。釣れなくても静かに落ち込める。単独釣行には単独釣行の良さがあります。
しかし、熊対策という意味では、単独釣行はリスクが高くなります。
一人だと周囲を見る目が少なくなります。音も少なくなります。万が一の時に助けを呼ぶ人もいません。
転倒やケガだけでも危険ですが、熊のいる地域ではさらに慎重になる必要があります。
できれば複数人で行動するのが理想です。複数人で話しながら歩いていれば、自然と人間の存在を知らせることにもなります。
しかし、常に誰かと一緒に行けるわけではありませんし、渓流釣りは単独で行くことが多い遊びでもあります。
そのため、一人で行く場合は、行き先を家族や知人に伝えておく。帰宅予定時間を伝えておく。携帯の電波が入らない場所では無理をしない。奥へ入りすぎない。こうした対策をしておきたいです。
一人で自由に釣る楽しさはありますが、その自由にはリスクもあります。単独釣行では、いつも以上に引き返す判断を早めにしたいところです。
食べ物や釣った魚の匂いに注意する
熊は匂いに敏感です。
釣り人が持ち込む食べ物、飲み物、弁当、菓子、魚、血の匂い、内臓の匂い。こうしたものが熊を引き寄せる可能性があります。
熊が人に近づく理由の一つとして、食べ物の匂いに引き寄せられることがあります。人間そのものを狙うというより、食料やゴミに興味を持って接近してくる場合もあると考えたほうがいいでしょう。
過去には、食料が入ったリュックや弁当の匂いに反応して、熊が人の持ち物や車に近づいた事例もあります。
なので、熊対策では匂い対策もとても大事です。
たとえば昼食用のおにぎりやお弁当なども、匂いが漏れにくい袋や容器に入れておきたいところです。熊がいる可能性のある地域では、食べ物の匂いをなるべく外に出さないように気をつけましょう。
また、渓流釣りでは、釣った魚を持ち帰る人もいると思います。その場合は、魚の管理にも注意が必要です。
魚をむき出しで長時間ぶら下げて歩く。
血のついた袋をザックに入れっぱなしにする。
川辺に内臓やゴミを捨てる。
こうした行動は避けたいところです。
食べ物のゴミも必ず持ち帰りましょう。人間の食べ物の味を覚えた熊は、人のいる場所に近づきやすくなることがあります。それは自分だけでなく、次にその場所へ入る釣り人や地域の人にとっても危険です。
釣り場にゴミを残さないのはマナーでもありますが、熊のいる場所では、安全対策でもあります。
山で食べるおにぎりはうまいです。信じられないくらいうまいです。
でも、そのおにぎりの匂いを終始漂わせていると、遠くから匂いを嗅ぎつけた熊が近づいてくる可能性もあります。食べ物や魚の匂い対策だけは、しっかりとやっておきましょう。
熊の痕跡を見つけたら引き返す
釣り場で熊の痕跡を見つけたら、無理に釣りを続けないほうがいいです。
注意したい痕跡には、以下のようなものがあります。
- 大きな足跡
- 糞
- 木の爪痕
- 土の掘り返し跡
- 獣臭
- 藪の中の大きな物音
- 魚や動物の死骸
こうしたものを見つけた場合、その周辺に熊がいる可能性があります。
特に新しい足跡や糞は要注意です。
「せっかく来たから、もう少しだけ釣るか」と思う気持ちはわかります。というか、釣りたい欲求が強すぎると、せっかく出ている熊のサインをあえて見逃してしまう人もいるかもしれません。
しかし、熊の痕跡を見つけた時点で、その日は引き返す判断をすべきでしょう。
熊と出会う前に痕跡を発見できるのは、むしろラッキーなことです。そこで釣りを中止し、熊との遭遇を避けられるなら、その判断は正解だと思います。
こういう時は、魚を一匹追加するより、無事に帰って次の釣行へ行けるほうがずっと大事です。
熊スプレーはちゃんとしたアイテムを装備しよう
熊のいる地域に入るなら、熊スプレーの携行はとても意味があります。
ただし、熊スプレーの中には、熊対策用ではなく、人間向けの防犯スプレーに近いものもあります。購入する場合は、熊対策用として販売されているものか、ヒグマに対応した製品かどうかを確認したいところです。
できればツキノワグマだけでなく、ヒグマにも対応している強力なタイプを選ぶと安心です。
また、せっかく買った熊スプレーを、邪魔だからといってザックの奥に入れてしまっては意味がありません。
熊スプレーを持つなら、すぐに取り出せる位置に装着する必要があります。腰や胸元など、片手で取り出せる場所が理想です。
また、使い方も事前に確認しておきましょう。安全装置の外し方、噴射距離、風向き、使用期限などを把握していないと、いざという時に動けません。
熊スプレーは、熊に出会ってから慌てて説明書を読む道具ではありません。持つなら、使える状態で持つ。これが大切です。
熊対策は「怖がること」ではなく「準備すること」
熊の話をすると、渓流釣りが怖く感じるかもしれません。
確かに熊は怖いです。
ヒグマのいる地域では、その怖さを忘れてはいけません。
ただ、怖いから何もしないのではなく、怖いから準備することが大切です。
出没情報を確認する。
熊鈴を持つ。
声を出す。
熊スプレーを使える場所に携行する。
食べ物や魚の匂いを管理する。
熊の痕跡を見たら引き返す。
単独釣行では無理をしない。
暗い時間帯の入渓を避ける。
こうした基本的な対策を積み重ねることで、熊と遭遇するリスクを下げることはできます。
もちろん、自然の中に絶対安全はありません。
だからこそ、毎回の釣行で慎重になる必要があります。
熊対策は、特別な人だけがやるものではありません。渓流に入るすべての釣り人が考え、対策すべきことでしょう。
まとめ:魚より先に、自分が無事に帰ることを考える
渓流釣りは楽しい遊びです。
しかし、熊のいる地域では、安全対策を抜きにして楽しむことはできません。
渓流は熊の生活圏です。
入渓前には出没情報を確認し、熊鈴や熊スプレーを準備し、食べ物や釣った魚の匂いにも注意しましょう。
川の音で周囲の気配に気づきにくいこと、見通しの悪い場所で鉢合わせしやすいこと、単独釣行ではリスクが上がることも忘れてはいけません。
そして、熊の痕跡を見つけたら、無理をせず引き返すことです。
釣り人はどうしても「あと一投」と言いたくなります。
でも、熊対策において一番大切なのは、魚を釣ることではなく、無事に帰ることです。
釣れなかった日は、また行けばいいです。
危ない日に無理をしなかった釣り人は、次の釣行に行けます。
渓流釣りを長く楽しむためにも、熊対策は面倒くさがらずにやっておきたいところです。
自然を舐めず、熊を舐めず、でも渓流釣りは楽しむ。
そのくらいの距離感が、いちばん健全なのかもしれません。

