釣り人という生き物は、「もっと魚が釣れるのではないか」と考え始めたら止まらないものです。羽根をつけたり、ゼンマイを仕込んだり、最近ではLEDまで埋め込むルアーが登場しました。科学と狂気の境界を越えた道具は、いつの時代にも現れます。
その中でも、現在では伝説級の危うさを誇るのが「水銀ルアーです」
まぁプルトニウムルアーよりはマシですね。それに、どこかにあったと思いますよ「放射線で魚が釣れる!」っていう陽気なパッケージで作られたルアーが。なんせ人類は子供用の実験器具に本物の放射性物質を入れて売るくらい面白い生き物なんです。
だからこそ、ルアーに水銀も使われました。
そして水銀といえば、かつて体温計の中に入っていた銀色の液体を思い出す方が多いでしょう。毒性が強く、人体にも環境にも甚大な影響を与える危険物質です。そんなものをルアーの内部に封入して、「これでよく釣れます!」と笑顔で売られていた時代がありました。
もちろん現代では即販売禁止。もし釣具店に並べば押収されるに違いありません。
しかし20世紀前半から中盤にかけては、「水銀?いいじゃないか、魚が釣れるなら」といった感覚で市場に流通していたのです。時代の空気とは恐ろしいものですね。
Mercury Minnow ― 水銀が生み出す「生き餌の動き」

1940年代後半、アメリカ・ミシガン州の Mercoy Tackle Co. が世に送り出したのが「Mercury Minnow(マーキュリー・ミノー)」です。名前からして隠す気ゼロ。パッケージには「IT ACTS ALIVE(生きているように動く)」「MERCURY DOES IT!(水銀の力だ!)」といったキャッチコピーが並んでいました。魚より人間の方が倒れそうな宣伝文句です。
内部には少量の水銀が封入されており、リトリーブするとその水銀がゴロゴロ動いて重心を不規則に移動させます。それによって“本物の小魚のような不規則アクション”を演出する仕組みでした。サイズは3/8ozと5/8ozの2種類で、複数のカラーが用意されていました。価格は当時で1.50ドル。現在の価値に直すと、かなり高級ルアーの部類に入ります。
しかし、釣果が劇的だったという話はほとんど残っていません。まぁそれもそのはずで、水銀の輝き程度のフラッシングはたいした効果を期待できないですから。
そして今や残っているのはコレクターアイテムとしての地位だけで、「危険なルアー」としての価値のみ。つまり「よく釣れる」というより「かなり危ない」ルアーです。
想像してみてください。キャスト中に岩にぶつけてひびが入り、中から水銀がドロドロと流れ出す光景を。釣り場は瞬時にバイオハザード。魚は釣れる前に絶滅、釣り人はニュースに載り、地元紙の見出しは「釣り人、川ごと汚染」。これほど迷惑なルアーは他にありません。
Mercury Worm ― 透明チューブの中を流れる危険物

1950〜60年代には「Mercury Worm(マーキュリー・ワーム)」という製品も登場しました。インディアナ州のK-L社や、テキサス州ダラスのMercury Worm Lure Co.など、複数の会社が製造していた記録が残っています。
このルアーの特徴は、透明なチューブの中を水銀が移動する仕組みです。キャストすればシャラシャラと動き、リトリーブするとクネクネと不規則に揺れます。まるで寄生虫に取り憑かれたかのような挙動で、見るからに不気味な動きをしました。中にはプロペラやスカートが付いたモデルまでありましたから、もはや何を狙っていたのか分からないほどです。
当時の釣り人は「これは新時代のルアーだ!」と胸を張っていたかもしれませんが、現代から見れば「新時代」ではなく「終末時代」の釣具にしか映りません。フォール・アウトのように核戦争で滅んだ世界の終わりで作られる水銀ワーム。ああ、世界観はかなりぴったりです。水銀ルアーを崇める宗教とかも出来そうですね。
Neon Firefly と Neon Mickey ― 光る水銀ルアーの狂気

さらに時代をさかのぼると、1920〜30年代にミネソタ州の St. Croix Bait Co. が作っていた「Neon Firefly(ネオン・ファイアフライ)」があります。ノーズ部分に1.5〜2オンスもの水銀を封入し、「水中で光る」と宣伝されました。広告のキャッチコピーは「THE GLOW THAT NEVER FAILS(決して消えない輝き)」。消えないどころか、一生環境に残る公害を生み出す危険物です。
1950年代には、オレゴン州の Neon Mickey Bait Co. が「Neon Mickey」を発売しました。こちらは水銀だけでなくネオンガスも封入し、揺れると内部のバイアルが発光するという謎のギミックを搭載。もはや釣具ではなく理科実験器具ですし、水銀だけでなくネオンガスを使うとは。もはやマッドサイエンティストの発明です。
透明ボディの中に怪しく光るガラス管。その姿は魚よりも釣り仲間をドン引きさせる効果の方が大きかったかもしれません。いや、魚も「これは危険だ」と察して近寄らなかった可能性すらあります。
コレクター市場と現代の視点
これらの水銀ルアーは現在もちろん製造されていませんが、コレクター市場では熱狂的に取引されています。eBayや海外オークションでは、箱や説明書付きの個体が数百ドルで落札されることもあります。
ただし、コレクションといえど油断は禁物です。古いプラスチックやガラスは劣化しやすく、破損すれば水銀が漏れ出します。展示棚で割れた日には、家が一瞬で汚染区域と化します。古い釣具を飾るのは楽しい趣味ですが、こればかりは「触れる爆弾」を置いているようなものです。
まとめ ― 奇妙さと恐怖の狭間で
Mercury Minnow、Mercury Worm、Neon Firefly / Neon Mickey。
これらの「水銀ルアー」は、釣り具史の黒歴史であり、狂気の発明でもあります。釣果うんぬん以前に、使用すること自体が命がけですね。
まぁこのような時代が生んだ珍ルアーをみていると、現代の釣具メーカーが「環境に優しい素材」を追求しているのを見ると、時代の進歩を実感するしかないでしょう。もしそれもなく、水銀のルアーが今でも売られていると思うと、なかなか恐ろしくありませんか?

