北海道の外来種問題はいつも僕をリアルに連れ戻す

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北海道雷魚釣り超コラム

今日も釣りのことばかり考えていた。

いや、釣りのことだけじゃない。ほかにも、僕は色々と考えなくちゃならない。

例えば、外来種のこととか。

僕の頭はいつも考え事ばかりだ。過ぎる言葉はとても速くて、まるで新幹線の車窓から街を見ているみたいで、さっき考えていたはずの仕事という巨大なビルはあっという間に過ぎて、雑多で汚い言葉ばかりが詰まった繁華街が続いたのかと思ったら、いきなり巨大な駅のホームで止まり、とりとめもない言葉が入り乱れて意味もなくため息が出て、また発進。うとうとと眠りだしても止まらず、ようやく永遠と景色の変わらない電影風景になった頃には、なぜだか寝ている。

だからこの文章を書いている間も、頭の中はずっと動いている。

時間はいつも残酷だ。同じ光景を永遠には見せてくれない。美しい光景は田園を抜けたあと、山に入り、一瞬だけ映る渓谷みたいなもの。どうせ、すぐにトンネルの暗闇が待ってる。

でも、僕には釣りがある。

北海道の夏が過ぎるのはとても早い。新幹線に乗ってたら、わずか1秒で消える美しい緑の渓谷。けど僕はずっといられた。

景色は当然変わる。

けど、やることはずっと変わらない。

水辺にたち、竿を振る。魚を釣る。また竿をふる。そして、魚を釣る。たったこれだけ。尊厳も、自由も、権利も、人間らしさなんか、どうでもいいって感じで。

もちろん仕事なんかどうでもいい。というか忘れる。自分が貧乏だってことも。この瞬間僕は世界一バカになってるけど、それが一番幸せだと昔から思ってる。誰がどう言おうが、結局は知性が消える位になることしか幸せなんかない。だから続くだろうと思える。唯一の美しい瞬間が、このまま永遠と続くと信じる。

けれども、そうじゃないことも知ってる。

田舎町の黒看板にある「ただ信ぜよ~イエス・キリスト~」がその象徴だ。

この看板が僕がすきだし、何度かネタで登場する。すごく皮肉だから。

キリスト教に恨みなんかない。信仰心はあるだけマシ。けど、きっと誰もが思ってることを、僕も思ってる「そんなわけがない(笑)」って。

だから幸せなんてのは続かない。いくら信じたって無理。夢のような釣りの世界も、このも川も、どこまでいっても現実と地続きでしかなく、トラブルだってある。

またしょうもない出来事を事実として受け入れる。そうするしかない。だから書きたいことはあるけど、どうも気がすすまない。今回は外来魚についてだからだ。

それにプラグインのせいでウィジェットだって狂ってるからCSSだっていじらなきゃいけない。ワードプレスのテーマ変更で使いやすくはなったけど、おかげでパーマリンクが狂ったのもなおさなきゃならない。もう面倒だ。PHPなんて古代ヘブライ語と一緒で戦争で滅べばいい。とか思ってる自分すらきつい。ああ、Hellow Worldなんて打ってたころが懐かしいけど、初心に帰って、うっ憤ばかり溜まっていた学生時代の寒いギャグコードからはじめたい

<title>Fuck World!</title>

人間が荒らして何もいなくなった川みたいな、だいぶ前からクソになってしまったインターネットに、僕の外来性文章を違法放流する。

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外来魚がどれだけいるのか調べてみた

リード文がやたらと鬱々としてとりとめもなく、なんだか遠回りになっているのは、やっぱり気が重いからなんですよね。

だって、今回の記事のテーマは外来魚について。

というのは、前回の記事で北海道の本流に住む雷魚を釣ったからです。

北海道の本流にまさか雷魚がいるなんて。

そう思ったのは自分もで、雷魚がいる川だなんて何一つ思ってなかったですから。

雷魚といえば、外来魚として有名な魚。

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